竜宮音秘の調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌

竜宮音秘(大和富士)ブログ|BLOG

永遠とは

  • 2010年9月29日 20:16
  • Posted by Yamatofuji

永遠という言葉は、はるか悠久の時の流れ、気の遠くなる程の永い時間、というような意味でよく使われているかと思います。
確かに、永遠という言葉は、とてもとても永い時間というものをイメージさせる言葉だと思います。

しかしながら、永遠とは、別の言い方をするなら、「今この時」ということになります。
はるか悠久の時間と、「今この時」とは、まるで正反対の対極にあるような感じですが、「今この時」というものこそ、永遠というものの本質なのです。

以前書きましたが、時間とは幻想であり、本当は時間は存在していません。
この大宇宙には、「永遠(とわ)の中今」とでも呼ぶべき「永遠(えいえん)」の「今」しか実在していないのが真相なのです。
永遠とは、別の言い方をするなら、時間は存在していない、ということであり、「今」しか存在していない、ということなのです。

「今」という「この時」しか実在していない、だからこそ、永遠なのです。
これはちょっとイメージするのが難しいかと思いますが、「今」という「この時」しか実在していないからこそ、それを永遠と呼ぶことが出来るのです。

今の地球の科学では、約137億年前に宇宙が誕生したと考えているようです。
137億年という時の流れは、人間の時間の感覚からすると、気の遠くなるような時間かも知れませんが、無限の大宇宙から見れば、ほんの一瞬かも知れません。

それはともかく、137億年というのは、たかだか137に0(ゼロ)が8個ついただけの数字でしかありません。
1000億年であろうと、1000兆年であろうと、あるいは1000京年であろうと、それらは、所詮、有限の時間でしかありません。
仮に137に0(ゼロ)を1億個つけたとしても、所詮は有限な時間でしかないので、本当の意味で、それを永遠と呼ぶことは出来ないということになります。

そして、「今」という「この時」しか存在しないからこそ、それを永遠と呼ぶことが出来るのです。

この事は、時間は幻想であり、本当は時間は存在していない、という事を体験して知らない限りは理解出来ないと思いますが、もし体験出来れば、自ずと理解出来る事だと思います。

「時」には、始まりも無ければ終わりもありません。
究極的には時間は存在しておらず、「今」という名の「永遠(えいえん)」の「時」があるだけなのです。
私達は今、「永遠(とわ)の中今」に生きています。


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