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お金(マネー)が必要でなくなるような社会とは――貨幣経済が終わりを告げる人類の未来社会

  • 2015年2月15日 15:13
  • Posted by Yamatofuji

 1月24日に放送されたNHKのスペシャル番組「ネクストワールド」の第3回「人間のパワーはどこまで高められるのか」をご覧になられた方も多いかも知れません。

 その中で、30年後の2045年が舞台となったある町で、アンドロイドと呼ばれる人間風ロボットが、ブティックの中でマネキンとして働き、店内の洋服を次々と試着して見せている様子が出ていました。

 そして、元学校教師の老人が、ショーウインドウの中のアンドロイドマネキンに恋をし、恋をした末に取った行動が、自分の分身となるアンドロイドを作り、自分の分身であるアンドロイドに、ショーウインドウの中のアンドロイドマネキンを連れ出させるというものでした。

 この番組が放送された数日後、1月28日のある新聞紙の記事の中に、長崎のハウステンボスの記事が掲載されていました。
 今年の7月17日、ハウステンボス敷地内に開業する新型ホテルの名称を「変なホテル」に決めたと発表されていました。

 そして、受付を女性型ロボット(ヒューマノイド)が担当するなど近未来体験が楽しめる宿泊施設で、担当者は「最先端技術を駆使し、変化していくという意味で名付けた」としていました。
 ホテル内の荷運びや掃除もロボットが行うとのことです。

 沢田社長は記者会見で「世界一効率の高いホテルを作る。将来、9割以上の業務をロボットで賄いたい」と話していたとのことです。

 私たち人類の科学技術・テクノロジーは、今後ますます、急速に進化していくことになりますので、今はまだ人間が行っている業務のほとんどは、将来、ロボットが行うようになるでしょう。

 そして、科学技術が高度に進化していくと、私たち人間とほとんど見分けが付かず、知的能力・身体能力も人間と同じような、生物ロボットを創造することが可能になります。

 生物ロボットが普及していくと、ホテルや飲食店などのサービス業においても、今まで人間が行っていた業務のほとんどは、生物ロボットが人間に代わって行うようになります。

 そして、生物ロボットがさらに普及していくと、一家に一台は生物ロボットを持てる時代が到来し、家事や雑用などは全て生物ロボットが行うようになるでしょう。
 そして、いずれは、一家に一台ではなく、私たち人間一人ひとりに一台は生物ロボットが持てる時代も到来することになるでしょう。

 私たち人類の科学技術・テクノロジーが高度に進化し、このような時代が到来した時には、医療においても、ケガや病気は簡単に治せるようになっていますので、みんなが健康でいられるようになります。

 そして、学校教育においても、今まで義務教育で教えていたような知識は全て、脳に簡単にインプットすることが出来るようになりますので、詰め込み式の授業のようなものは必要でなくなりますし、受験の為の丸暗記のようなものも必要でなくなります。

 詰め込み式の授業が必要でなくなる分、子供たち一人ひとりの「個」の才能を開花させるような、もっと伸び伸びとした教育が出来る時代になります。
 スポーツや芸術などにもっと伸び伸びと打ち込めるような教育が可能になります。

 そして、エネルギーの分野においても、フリーエネルギーに近いような、エコでクリーンなエネルギーを使えるようになっていますので、石油や天然ガスなどに依存して地中や海底を深く掘り続けるようなことも必要でなくなりますし、石油や天然ガスなどのエネルギー資源を巡る争い・対立・戦争なども必要でなくなります。

 私たち人類の科学技術・テクノロジーが高度に進化し、このような社会が到来した時には、何れ、お金(マネー)が必要でなくなる時代が到来し、貨幣経済が終わりを告げる時代が到来することになるでしょう。

 私たち人間に代わって、必要なことのほとんどは、生物ロボットがやってくれる時代になりますから、科学技術・テクノロジーの恩恵を私たち人類全体で共有し、享受し、誰もが豊かに生きられるような社会が到来することになります。

 私たち人類一人ひとりに、必要なものは全て、生まれた時から亡くなるまで与えられるような社会が到来します。
 お金(マネー)というものが存在しないので、人々が「労働」するのは、知的な「労働」のみであり、しかも、生活費を得る為ではなく、自分の生きがい・喜び・知的探究心の為、そして、社会奉仕の為なのです。

 誰もが、生まれてから、生活費を得る為に嫌なことをする必要もなく、純粋に、自分のやりたいことを出来るような社会が到来します。
 人々は、自分の望むこと、自分のやりたいことだけをすることが出来、「個」を開花させることに集中することが出来るようになります。

 科学技術・テクノロジーが高度に進化し、私たち人間に代わって生物ロボットがほとんどの業務を行なってくれるような社会が到来すると、生物ロボットが生産してくれた豊かさ・恩恵を、人類全体で享受し、誰一人自分が望まない「労働」をしなくても、一生豊かに生きられるような時代が到来することになるでしょう。

 本当は、今現在でも、70億人の人類が餓死する必要のないだけの富は、全世界で生産されている筈です。

 世界の軍事費の数日分で、地球から飢餓を無くすことが出来るとも言われています。
 毎日何万人とも言われる人々が、その日食べる食料が無かったり、必要な医療を受けられずに亡くなっている一方で、人間同士が殺し合う為の軍事費に、全世界で莫大な富が使われているのが現状です。

 また、1パーセントの富裕層が、全世界の富の90数パーセントを所有しているとも言われているように、地球で生み出された富が、全世界の隅々まで、70億人の一人ひとりまで、広く行き渡っていないのが現状です。

 今現在、中東などを中心にして起きている、国と国、民族と民族、宗教と宗教との争い・対立なども、いずれは解消されていき、地球全体が一つの国家・一つの家族のように纏(まと)まる時代が到来するでしょう。

 何れは世界政府のようなものが樹立され、地球で生み出された富・豊かさ・恩恵を、地球全体で分かち合えるようになります。
 人間に代わって生物ロボットが中心となって生み出してくれた富・豊かさ・恩恵を、私たち人類全体で共有し、享受し、誰もが生まれてから亡くなるまで、自分が望まない「労働」をしなくても、一生遊んで暮らせるような時代が到来するのです。

 私たち一人ひとりに最低一台は、生物ロボットが与えられるようになるでしょう。

 そのように豊かな社会が到来した時には、もはやお金(マネー)というものも、必要でなくなり、役割を終えていくことになるでしょう。
 お金(マネー)を得る為に何かをしなければいけないということも無くなりますし、そうなると、お金(マネー)で人を支配するということも出来なくなります。
 
 お金(マネー)というものは、元々自然界に存在していた訳ではなく、私たち人類が発明したものです。

 原始時代の物々交換では不便なので、やがて、当時は貴重で珍しかった貝殻のようなものを、お金(マネー)の代わりに使うようになり、その後、金・銀・銅貨などの硬貨を使用するようになり、さらには紙幣(ペーパーマネー)も使用するようになり、電子マネーのようなものも使用するようになりました。

 お金(マネー)の仕組み、貨幣経済というものも、私たち人類の歴史においては、プロセスとして必要な学びでしたが、何れは必要ではなくなっていくものなのです。

 有史以来数千年の人類の歴史というのは、まだほんの初期の段階でしかありません。
 今後、私たち人類の歴史は、何千年、何万年、何十万年・・・・・と未来へ向かって延々と続いて行く訳ですから、有史以来数千年の人類の歴史というのは、まだほんの初期の段階でしかないのです。

 近年、科学技術・テクノロジーの進化は著しく、目を見張るものがありますが、人類の科学も、今ようやく、本格的な進化を始めるスタート地点に立った所なのかも知れません。

 これから、科学はさらに加速度的に進化していき、科学技術・テクノロジーは驚異的に進歩していくことになりますので、それに伴い、想像だにない未来社会が到来することになるでしょう。

 百数十年前の江戸の幕末期に、今のような時代が到来することを誰が予測出来たでしょうか?
 当時はまだテレビやラジオも無く、鎖国していたので、海の向こうにどのような世界があるのかさえ、ほとんどの人は知らなかった筈です。
 江戸の幕末期からわずか百数十年で、当時の人々からすれば想像だにない未来社会が、今こうして誕生しているのです。

 今からの百数十年は、さらに加速度的に科学が進歩していきますから、百数十年後の未来社会は、想像だにない社会になっている筈です。

 何れは、平和で自由な、喜びに満ちた世界が花開き、誰もが、豊かで自由に生きられる時代が到来することになります。
 お金(マネー)の仕組み、貨幣経済というものも、人類の学びのプロセスとして、今までは必要なものでしたが、何れは、その役割を終えて、消えていくものなのです。
 そして、それを可能にするのは、科学技術・テクノロジーなのです。

 私たち人類は、まだ、脳の数パーセント位しか使っていないとも言われていますが、私たち人間に本来備わっている能力を開花させることにより、私たち人類の黄金時代を、私たち自身の力で花開かせることが出来るようになります。

 何千年も前から、「人生は苦の娑婆」だと言われて来ましたが、それはある意味においては、本当のことでした。
 多くの人々にとっては、生きていくこと、食べていくことだけで精一杯であり、人類の歴史そのものが、争い・対立・戦争の歴史でもあったからです。

 しかし、将来、平和で自由で喜びに満ちた、真に豊かな社会が花開いた時には、「人生は苦の娑婆」という言葉すら死語となるような、想像だにない豊かな地球が誕生することになるでしょう。

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